家族1人1個として買ったやつ。
夫の分が残っていたので、勝手に食べた。
スーパーのシュークリーム、うまい。
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子どもは来年3年生になりますが、うっすらと考え始めるのが中学受験。
わたしは今まで中学受験には前向きではなくて。
(大変そうだし、お金も労力もかかるし。)
どちらかというと夫の方がかなり前のめりでして。
でも、結局子どもの勉強とかスケジュール管理するの、全部わたしやん?
夫が何もせずに全て私に丸投げすることは分かっている。
だから余計に受験をしたくなかったというのが本音。
でも最近薄っすらと、受験するのもありなのかなーと思い始める。
ここからはあくまで私の私見だと思って見てください。
きっかけは今騒ぎになっているマスク問題やね。
何か月か前に政府が「学校での黙食は必要ではない。」とアナウンスしていましたが、子どもの小学校では未だに黙食ありきだそうです。
学校内でもマスクをしていないと
「〇〇さん!マスクして!!」
「鼻までマスクしろ!!」
とか言われるらしい。
学校のお便りにも「マスクの替えは2~3枚持たせてください。」と明記されている。
政府は「マスクは個人の自由です。」なんて言っていたけれど、学校ではマスクの自由はない。
私の想像だけれど、政府が「マスクは学校では強制してはいけません。」くらい強く言わないと、学校でのマスクは自由にならないと思う。
他の公立学校の様子は分かりません。
少なくともわが家の小学校は何も考えず、取りあえずの現状維持をしているだけに見えてしまう。
そもそも公立学校がどこまで自分たちで方針を選択できるのか。
文部科学省や各自治体、教育委員会の意向が色濃く反映されていて、学校独自の方針がそこまで許されることはないんだろうな、と思っている。
わたしはこのコロナ禍で日本政府のダメっぷり(恐れずに言うなら、日本人の駄目さ)を痛感。
マスク問題ひとつにしても
・自分の頭で考えて行動に移せない人が多すぎる。
・無意味なことをなんとなくでやり続ける。
・周りに自分がどう映るか、それが自分の選択の基準になっている。
・取りあえず周りに合わせて安心感を得たい。
・状況に合わせて迅速に動けない。
インターネットが進化して個人が情報に簡単にアクセスできるようになってから、今までとは比べ物にならない速さで環境が変化していると言われています。
日本はその環境の変化に正直対応できていない、できないのではないだろうか?
状況は変化しているのに、やっていることや思考は30年前と変わらない(というか、昔の栄光を引きずっているような?)。
そんな動きが鈍い自治体や間接的にではあれ国が管理している学校も、イノベーションとか改革なんて無縁な組織。
こんな状況で、果たして子供が自分の頭で考えて動ける人間になれるのか?
私立ももしかしたら動きは悪いかもしれない。
けれど公立と比べると縛りが緩い分、時代背景にあった環境を提供してくれる可能性はまだあるのではなかろうか?
公立の授業内容がどうこうというよりも、私は組織自体の風通しや柔軟さの点で公立は大丈夫なのだろうか・・・と思い始めています。
私自身が無駄なことをやり続けるとか、何も考えずにボーっと周りについていくとかが嫌いな人間なので、余計こう思ってしまう。
今現在でも教員不足などの点で公立小学校の危うさを感じています。
先生の欠員が出ると代わりの先生は来ない。
理由は簡単。
教師の成り手が少ないから。
色々と書きましたが、公立が絶対ダメ!学力が低い!という理由ではなく、学校組織のガラパゴス化がとても気になる。
「いやいや、そんなの私立だってガラパゴスですよ。」
とか
「インターだって色々な問題はありますよ。」
とか、私が知らないことは沢山あると思います。
でも私自身が日本政府の方針に不満や不安を抱いているので、無関係ではない公立学校への漠然とした不安があるのは確かなのです。
皆さんはどういう理由で子どもの中学受験を選択しているのでしょうか?
明確な理由を聞いたことがない、答える人もいないので気になります。
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